旗袍(チャイナドレス)の起源



★語源

旗袍の旗は、清代の満州人と蒙古人を合わせた呼称の旗人から、そして袍は中国式の長い上着を意味します。つまり旗袍とは旗人(清朝の武士階級)の衣服のことです。

北海公園にて ★それは中国の東北部で生まれました

原初的なスタイルは、明代末期の中国東北部(旧満州)の遊牧民族の服といわれています。現在のように体の線を強調するものではなく、ゆったりとしていました。またスタイルも一つだけで、下の写真のように筒袖で、前身ごろ(襟からフロントにかけて)は右で合わせるタイプだけでした。
●北京、北海公園内にて、1995年10月撮影(C)



★女性貴族の華麗な服装
清朝の女性貴族は旗袍に加え旗頭という六角形の帽子の様な飾り物、旗鞋という3寸高くしたラッパ型の靴を身につけていました。

★結婚衣裳として一般の女性に普及
この旗袍が一般の女性に流行し始めたのは、旗袍が着られるようになってほぼ百年を経た清の乾隆年間(1735〜95)からです。ウエディングドレスとして旗袍を着る女性が現れ始めたのです。この旗袍は最初の頃のものと違い、ウエストラインがタイトに強調されるものになりました。また丈もやや短くなり、より活動的なものへと変化しました。


★ドレス風の旗袍が登場したのは、ラスト・エンペラーの頃
清末になると前身ごろのない(普通の丸襟のような)タイプが登場しました。また丈が少し短くなると同時に初めてスリットが入ったのです。また長袖しかなかったものが半袖、さらにはノースリーブといったように、よりアクティブにファッション化されていきました。

★カジュアルなおしゃれ着に
清朝崩壊後の中華民国成立時には、旗袍の上着とスカートといったツーピースの組み合わせも現れ、よりおしゃれに変化しました。

★世界のファッションに影響を
現在、旗袍は世界中のファッション界に影響を与えています。その素材やデザインは、世界の注目の的でもあります。中国の伝統的なデザインは、今や世界中の女性の共通財産となりました。また旗袍も欧米のファッションの影響を受け、更に美しく更に機能的なものへと進化を遂げているのです。




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